Wednesday, August 5, 2015

Ryoanji

暑い暑い真夏の京都は龍安寺へ行ってきました。

静かな参道ではもうツクツクボウシが鳴いていて、夏の終わり感すらうっすらと。

                       

鏡容池。平安時代はこの池でお公家様方が龍頭の船の乗って歌会などを楽しまれたことが文献には残っているそうです。11時近かったから蓮の花が開いているところはあまり見られませんね。


パゴダ。ミヤンマーの仏塔。


「1970年8月,第二次世界大戦ブルマでの戦いに参戦した龍安寺第58代松倉紹英住職の発願でたてられた。このパゴダは本国へ引き揚げた戦友同士の募金によって、亡き戦友の弔いの記念碑である。」ということです。パゴタというのはミャンマーの言葉で「仏塔」ということだそうです。


わびすけ椿。桃山時代(1573~1603年)、わびすけという人が朝鮮半島から持ち帰って、のちに秀吉が賞賛したという椿。日本最古と言われています。ん?椿の花も外来のものだったのね?


つくばい・・・茶道で手を清める水を入れておくものだそうです。初めて聞きました。その水溜めの四角は漢字の「口」を表しています。口の四方に漢字が並べられていて、つなげると「吾」「唯」「足」「知」となります。もともと中国老子の教えである「知足」。禅の教えてとして「十分に足りていることを知って、不満足を感じない。」ことを言います。「もっともっと」と欲にまみれて誰かを、自分までも辛くしてしまわないように、「これで良いのだ」と受け入れられる心の持ちよう。ヨガではニヤマ五か条の2番目にサントーシャ(Santosa)でこの知足を伝えています。また、ヨガの背景にはヒンドゥー教がありそこでは修養するものは家族を設けて家業を栄えてその繁栄は喜捨として誰かのために使うようにという考えがあります。質素倹約、つつましいことだけが良いことではなくて、何かするにはお金が必要だ・・・。ちゃんとお仕事していただくものをいただいて、それをよいことのために使えるように・・・・したいなぁ。

ヒンドゥー教、中国思想、禅・日本仏教・・・ごちゃまぜになりがちなヨガの話です。こんなの分かったように言えないよ-!


板の間の感触はなんとも心地よいですね。日陰で苔はベルベットのよう。


石庭。


半分くらいは外国人観光客だったと思います。



Private eyes .
They are watching you .
They see your every move.