Wednesday, January 6, 2016

実際的なヨガ

明けましておめでとうございます♪

実家で年末年始を過ごして昨日がヨガクラス初め。

仕事初めとはまだ言えないのが正直なところです。

ヨガを学習して伝えることを仕事と思ってないのかな。

今夜の元町JUNAのフローヨガ(ヴィンヤサ)クラスでは、

1年以上ぶりにお会いできた方がいらっしゃった!

肩の調子を崩されて、なおかつ激務により長い間のお休みでした。

鍼灸などにも行かず、自然治癒されたということです。

ヨガのアサナでは手を足のように、足を手のように使うことが多く

アサナを次々に展開していくヴィンヤサでは特に注意深く行いたいもの。

手足の置き方とChildPoseとAdhoMuckaVirasana をあらかじめ時間を

かけてから流れる動きへと移りました。






指先のねじれひとつでもつながる場所にはそのように影響してゆきます。

アラインメント(身体の向きや置き方)に注意深くすることは、当たり前に必要ですね。

そういえば私は最近では「チャクラ」って言葉を使わなくなった。

インドの思想ではエネルギー体としての身体を考えるときに、

身体の7か所に車輪のように渦巻くエネルギーのたまり場があると言います。

骨盤底から登頂まで背骨に沿って身体の内部にあるものです。

たしかに何かはあります、その場所に。だけれどもあまりに曖昧で今の私には

チャクラを考えることは現実的ではないと気づきました。

例えばチャクラとググってみれば、「ヒーリング」という言葉もセットで出てくる。

ヒーリングにはスピリチュアルがくっついてくる。

いっときは私もフワっとなびきかけたヒーリングやスピリチュアルの世界。

昨年は、このフワっとしてキラキラした流行ってる感じのものからぐっと自分を

引き離すことが出来ました。現実的な私の友人たちのおかげです。

按腹施術を教えてくれている友人は「なんでも簡単に神秘にするな!」と言います。

「神秘的なもの」たとえばそのチャクラでも、いつの日か証拠として示せる日がくるといいと思います。


神秘的なものにワクワク興味を持つことと、

「あぁ、あの人は○番目のチャクラが開いていているからあの様子なのだろう」

とか安易に神秘さを醸す言い方をするのは違っていて、

自分の身体に落ちたり証拠が出るまでは当たり前に使わないほうがいい気がしています。



昨年秋に読んだ「直観を科学する」という本には人間の直観は正しくもあり、

脳は簡単に勘違いをしてしまうから間違った直観を持つこともある。

本などを読んで「なんだ当たり前のことが書いてあるな」と思うのは直観的に

自分たちが知っていると思っているらしいのです。実際にすでに備わっていると。

これは自信過剰を招くと言います。自信過剰で妄信的。



ヨガのインストラクターは離婚率が高いんだとか?そんな話をしてくださった

人気のヨガの先生と一度お会いしたことがあります。

ヨガインストラクターは「自分が正しい!」と思う傾向があってヨガの経験値が

上がるほど離婚率が高くなる?とか。そうならないためのコミュニケーション講座を

開かれていました。



私の思うヨガは、そういう妄信から目を覚ますものでありたいな・・・。

身体の歪みやねじれを現実的に解消に近づけられ、生活に必要な筋力と柔軟性を身につけ、

力を抜くことも覚えられる現実的なヨガでありたい。


解剖学、生理学、脳科学の知識も必要だし、

心理学、哲学、宗教の知識も必要だし、

アサナを一つ一つ紐解けるようなプラクティスや学習も必要。


さきほどの本には、「心の豊かな人は実際的でもあるのだ」とありました。

都合よく解釈しています。

私の憧れる人たちは皆自分の正義を軸に大胆に生活を繰り広げて魅力的です。


興奮などなく、淡々と学習し続けて身体に落として心を耕していこうと思います❤


久しぶりに来てくださった方の肩の様子が気になりますが、

目を背けずに、やってゆきましょう♪

そういえば、医療器械を販売している父のところに随分と久しぶりなお客様から

ご注文を戴けたそうな♪

今年の文字はこれにしました!

      

こちらは母の文字。夫に写真を送ったら「レベルが違い過ぎる」と・・・心のレベルはきっと一緒なんだけどな(苦笑)