JUNAのクラスの後で美容室へ行って、すぐに爆睡していました。
ふっと目が覚めたら、いつも優しい長谷川さんが
「お疲れなんですね♪ふふっ」
と髪を整えてくれて、もう仕上げの最終コーナーを回っていました。
たしかに疲れています。
夫が昨年秋からメキシコへ移り、一人になるから時間は自由になる部分が多い。
だけども今は引っ越しだの渡航前の手続きだのどうだの気にすることが多いうえに、
年末からずっと毎日がいろんなことでぶっ飛ばしで速いのです。
極め付きは通訳の二週間。
自分のフルパワーを感じました。
やりたくても今この瞬間にはどうしようもできない自分の能力への諦めを
全力でやってたから見つけることができて、とにかく清々しかった。
できなくて悔しいなんて思わなかった。
淡々と改善するところだけが見つかったのは、
一つ一つやることに集中して一生懸命過ぎて、
人の目なんて気にならなかったということもあるんだと思いました。
私の場合人の反応は雑念に代わってしまい本来の自分のやっていることを見られない。
通訳は自分が聞いてしゃべってフムフムで終わることじゃなくて、
誰かのために聞いて話すので、いつも誰かのためにしているから、
本心は「もっといい訳を私の代わりに誰か」ということもありました。
本心は。
ただ、それどころでなく、なんとかしなくてはいけなかったのでフルパワーでした。
そのフルパワーが今も息づいている気がします。
今フルパワーなんです。
ただ、いい呼吸をすることは忘れていない。
雑念も少ない。
そんな中、お友達からこんなメールがやってきました。
「きょう見つけた記事。当たり前なんだけど、忘れちゃうんですよね。忘備録として。」
に続いたのはこちら。
私はこれを美容室へ行く坂道を歩きスマホをしながら(笑)読んでいて、
そしてその時に顔にあたる風を感じながらその瞬間から歩みがほんの少し緩まって
「あーー、この感覚いいなぁ。
エネルギーはフルパワーだけど、
向かう風には逆らわず、
押される風にも流されずに、
ただ感じているこの感じ。」
ふっと歩みを緩めてみたら感じることは多いです。
速歩きで感じられるには私は練習が必要だ。
自分の何かをたしかに心地よく感じる歩く速度は、
時間内に目的地にたどり着くのに遅くもなく速くもなかったです。
美容室が終わって最寄りの駅から家への道では
疲れているから速く帰りたかったけど、
すぐ先に信号は赤になるところでまた歩みを緩めたら、
ガードレールの向こう側で小学生たちがヘンテコな踊りをしていて笑えた。
もう一回見たら、ヘンテコな踊りをしてたんじゃなくて、
一人の子が空手みたいなのを教えていた・・・
ように見えて、信号は変わって「ま、いっか」って
家に向かって歩いてゆきました。
