Friday, December 26, 2014

ありがとうは枯れません

今日は、気持ちの良いことがいくつもありました♪

自分に直接起こったことも、そうでないことも。大変な問題がHappyなように片付いたという友達からのお知らせも嬉しかったし、「あの方どうしているかなぁ」と気になっていた方がご連絡くださって嬉しかったり。他にもね、うふふ。

その「あの方」の話でを少し。
先月体験レッスンでおみえになった83歳のご婦人です。髪の毛はふさふさで美しいグレー。肌にハリがあって滑舌もよく、よく笑って言葉づかいもとってもきれい。何よりその身体のしなやかさに驚きながらお付き合いさせていただきました。年齢のことは最後に知ることとなり、驚愕しちゃったわけです。なんでこんなに若々しいのか・・・根ほり葉ほりと生活を伺うと沢山のヒントが出てくるのでしょう。それ以前に私が感じたのは、気持ちの朗らかさとそのブレなさでした。「きっとこの方は少女時代からこんな印象だったのだろうな」と思わせる。でも、しっかり熟した感じがある。83歳だから、熟していて当然でしょう?と、私は思いません。

ちょうど、ある心理学の本を読んでいたところ、「普通であることの勇気」という節を読みました。今は何でもスピードがあって華々しいこと、いわゆる「常識では考えられません」という酷く醜いことも話題にしては忘れを繰り返しています。当たり前に誰もが出来ることを本当に実践している人には基本的にはスポットは当たらないので、いつしかこういう両極端な人たちが何かの判断基準になっていないかなぁと気になります。

普通であるということは努力をしないでもいいということではなくて、努力するのは当然でその中で他人に何か尽くせてそのことを自分で認められたらHappy♪それが普通であることだそうです。普通であることを受け止めながら、日々を尽くす♪

83歳のご婦人は、まさにそのスタンスだなぁと感じられたのです。
「私、特別なこと何も出来ないの。それなりに苦労もあったわー。」と朗らか。

仏教の無財七施も思い出します。

一、眼施(慈眼施)
二、和顔施(和顔悦色施)(わがんえつしきせ)
三、愛語施(言辞施)
四、身施(捨身施)
五、心施(心慮施)(しんりょせ)
六、壮座施(そうざせ)
七、房舎施(ぼうしゃせ)
 
特にお金を持っていなくても、誰にでも出来る奉仕。優しいまなざしと顔つきで思い遣りある言葉で人に接して身体を使って働いて、周りの人と喜び悲しみを共感し、自分の手柄は人にも譲る寛大なこころで、雨風は自分が受けても人にその思いをさせない心の持ち方。

理想的すぎますが、ここに近い印象を受けました。

その方からお電話で「咳が止まらなくって、今日はお休みします」とご連絡いただいたのです。嬉しかったのです。


その方が

「ありがとうはどれだけ言っても枯れないのよね♪」と言い残されていかれました。弾切れすることなく、相手の心にきゅんと入り続けて・・・そして実は自分に戻ってくる。

もっとありがとう言わなきゃ;^^

ちょうどいい写真がありません。

お世話になっているカイロの先生が、ここ何年も「今年も頑張ったね♪」とお友達に贈り続けているというオーダーメイドトロフィーを。。

              
これはちょっと普通じゃない気がする。。。素敵だなぁと心ほっこりさせながら、私は私に出来ることを探すのです。